人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(医学研究及び研究発表に関する見解及び勧告)
近年、新しい医学研究領域の発展により、研究・医療及び医学教育の従事者はそれぞれの立場で必要に応じた倫理的対応が迫られています。一般社団法人日本栄養治療学会では厚生労働省の医学研究に関する指針に遵守するために、本学会としての「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」を作成して本学会における今後の投稿論文や学術集会での医学研究及び研究発表に関する見解及び勧告を示し、生命倫理に関する問題について広く会員の理解を深め、注意を喚起することに致しました。すべての医学研究においては、研究自体の倫理性は言うに及ばず、患者さんの権利に関しても十分に配慮されるべきであります。
本学会会員の皆様におかれましては、特にヒトを対象とした医学研究を行う場合には、患者さんのプライバシーの保護やインフォームド・コンセントなどに関する倫理的問題に十分配慮されますようお願い致します。
日本栄養治療学会(本学会)総会・支部会で報告される生命科学・医学系研究や、本学会誌である学会誌JSPENに掲載される生命科学・医学系研究は、①「ヘルシンキ宣言」、②「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(生命・医学系指針)」、③「遺伝子治療等臨床研究に関する指針」、④「再生医療等の安全性の確保等に関する法律(再生医療等安全性確保法)」、⑤「臨床研究法」、⑥「個人情報保護法」、⑦「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」、などの法律を遵守しなければなりません。
以下に示す本学会としての生命科学・医学系研究に関する倫理指針は前述の倫理指針や法律に基づいて作成したものです。今後、指針の改定等や新たに指針が追加された際には適宜改定を行っていくものとします。
特定臨床研究について
特定臨床研究:次の1、2のいずれかに該当する研究を指します
- 薬機法における未承認・適用外の医薬品等(医療機器も含む)の臨床研究
- 製薬企業等から資金提供を受けて実施される当該製薬企業等の医薬品等(医療機器も含む)の臨床研究
上記の特定臨床研究は、臨床研究法に則って適切な対応(厚生労働大臣の認定を受けた認定臨床研究審査委員会で審査を受けた上で、厚生労働大臣に届け出てからの実施)を行う必要があります。(厚生労働省ウェブサイト 参照)
保険適用内の医薬品や医療機器等を用いた介入研究も「臨床研究法」の努力義務対象となりますので、臨床研究法に則った適切な対応が必要です。(厚生労働省ウェブサイト「参考資料:臨床研究法の範囲について」参照)
医薬品や医療機器等を用いた前向きの介入研究のほぼ全てが臨床研究法の対象となりえますので、臨床研究法及び厚生労働省ウェブサイト「参考資料:臨床研究法の範囲について」を参照ください。
侵襲を伴う研究について
「侵襲」はあくまで研究目的で行われる穿刺、切開、薬物投与、放射線照射、心的外傷に触れる質問等によって、研究対象者(患者など)の身体や精神に傷害又は負担が生じることを指します。ただし、侵襲のうち研究対象者に生じる傷害及び負担が小さいと社会的に許容されるものは「軽微な侵襲」とし侵襲には含まれず非侵襲と同等に扱って差し支えないとしています。
侵襲を伴う研究に対する本学会としての倫理指針
倫理審査委員会や治験審査委員会(Institutional Review Board; 以下IRBと略)、又はそれに準じた諮問委員会での審査及びそれに基づく機関の長の許可を必要とします。多機関共同研究の場合は、研究代表機関での一括審査及びそれに基づく機関の長の許可が必要です。なお、研究対象者やその代諾者の同意(インフォームド・コンセント(informed consent;以下 ICと略))は必須です。
介入研究について
「介入」とは、研究目的で、人の健康に関する様々な事象に影響を与える要因(健康の保持増進につながる行動、傷病の予防、診断や治療のための投薬・検査等)を制御する行為を行うことを指します。また、研究目的で実施される「通常の診療を超える医療行為」も含まれます。
介入研究に対する本学会としての倫理指針
倫理審査委員会やIRB、又はそれに準じた諮問委員会での審査及びそれに基づく機関の長の許可を必要とします。多機関共同研究の場合は、研究代表機関での一括審査及びそれに基づく機関の長の許可が必要です。また研究対象者やその代諾者の同意(IC)も必要です。さらに、介入研究については、UMIN、JAPIC、又は公益社団法人日本医師会が設置している公開データベースに、研究の実施に先立って登録しておく必要があります。 侵襲を伴う研究や介入研究に該当するもので臨床研究法の対象研究では同法律を遵守する必要があります。
観察研究について(症例報告を除く)
症例報告(対象者が9名以下)以外の後ろ向きの研究は観察研究に該当します。また、前向きの研究であっても、診断及び治療のための投薬、検査等の有無及び程度を制御することなく、その転帰や予後等の診療情報を収集するのみの研究方法の場合は、介入を伴わない「観察研究」と判断します。
注意事項
・「介入研究」では、各機関の倫理審査委員会やIRB又はそれに準じた諮問委員会での審査及びそれに基づく機関の長の許可、及び研究対象者又はその代諾者の同意(IC)が必須です。
・連結不可能な匿名加工情報・非識別加工情報を用いる研究以外の「観察研究」も原則として倫理審査委員会又はそれに準じた諮問委員会の審査(迅速審査)とそれに基づく機関の長の許可、研究対象者又はその代諾者の同意(IC)が必要ですが、過去に遡って同意を得ることが実質的に困難な場合は、「オプトアウト(Opt-out)」により対象者への同意(IC)を省略することも可能です。
・オプトアウト(Opt-out)では、当該研究について情報を研究対象者等に直接通知する、もしくは当該機関の掲示板やホームページ上で公開し、研究対象者等が研究への参加を拒否する機会を保証すること、及び拒否の意思表示を受け付ける窓口(連絡先)を明示する必要があります。
観察研究に対する本学会としての倫理指針
1)人体から採取した試料を用いない研究、又は既存の試料を用いる研究
(1)単一機関内の観察研究
各機関の倫理審査委員会やIRB又はそれに準じた諮問委員会での審査(迅速審査)及びそれに基づく機関の長の許可を得ること、及び研究対象者又はその代諾者の同意(IC)を得ることが望ましいです。過去の症例に遡ってあらためて同意(IC)を得ることが実質的に不可能な場合には、個人情報の保護規定を遵守した上でオプトアウトを利用することができます。
(2)多機関共同での観察研究
研究代表機関の倫理審査委員会又はそれに準じた諮問委員会での一括審査及びそれに基づく機関の長の許可が必要であり、さらに研究対象者又はその代諾者の同意(IC)を得ておくことが望ましいです。ただし、過去の症例に遡ってあらためて同意(IC)を得ることが実質的に不可能な場合には、個人情報の保護規定を遵守した上でオプトアウトを利用することができます。また、連結可能な匿名加工情報・非識別加工情報を提供するのみの研究協力機関では倫理審査委員会の一括審査を受ける必要はありません。
なお、連結不可能匿名加工情報・非識別加工情報だけを用いた医学系研究では、倫理審査委員会の審査や研究対象者や代諾者の同意(IC)を得る必要はありません。
2)人体から新たに軽微な侵襲で採取した試料を用いる研究
(1)単一機関内の観察研究
患者から治療の一環又は研究用として新たに軽微な侵襲で採取される検体(採血、生検や切除で採取された試料)を用いて各種解析(遺伝子解析や蛋白発現解析を含む)を行う研究では、各機関の倫理審査委員会やIRB、又はそれに準じた諮問委員会での迅速審査(簡易審査)及びそれに基づく機関の長の許可が必要です。また、研究対象者又はその代諾者の同意(IC)を得ておく必要があります。
(2)多機関共同での後ろ向き観察研究
研究代表機関の倫理審査委員会又はそれに準じた諮問委員会での一括審査及びそれに基づく機関の長の許可が必要となります。さらに研究対象者又はその代諾者の同意(IC)を得ておく必要もあります。一方、連結可能匿名化データ・試料を提供する研究協力機関では倫理審査委員会の審査を受ける必要はありません。
症例報告について
本学会では、9例以下を対象とし研究性のない報告を発表するものを症例報告、10 例以上の研究報告は観察研究として扱います。なお、9 例以下であっても治療法の有効性・安全性の評価や、治療例と非治療例の比較、あるいは疾患や事象の平均年齢・治療期間等の評価などの内容が含まれているものは、研究性のあるものと判断しますので、倫理審査委員会の審査が必要です。同様に、新しい食品等の提供や、新たな栄養評価法や栄養療法の試みを含む内容も臨床研究として扱いますので、9例以下であっても、施設の倫理審査を受けることが必要です。また、研究目的でゲノムや遺伝子の解析を行った場合は、観察研究として倫理審査を受けて機関の長の許可を得る必要があります。
研究倫理カテゴリー別に倫理審査の要・不要を示します。
⚫ カテゴリーA:倫理審査は不要
原則として倫理的手続きを要しない研究
・9例以下をまとめた研究性のない症例報告。
・動物実験や一般に入手可能な細胞(iPS細胞、組織幹細胞を含む)を用いた基礎的研究。
・論文や公開されているデータベース、ガイドラインのみを用いた研究。
・既に作成されている匿名加工情報・非識別加工情報を用いた研究。
・論文や公開されているデータベース、ガイドラインのみを用いた研究。
・人の健康の保持増進または、傷病の予防・診断・治療や生活の質向上に資する知識を得ることを目的としない研究。
・既に学術的な価値が定まり、研究用として広く利用され、かつ、一般に入手可能な試料・情報を用いた研究。
・既に匿名化されている試料・情報を用い、かつ対応表がどこにも存在しない研究。ただし、休細由来のゲノムデータ解析は除く。
・人体から分離した細菌、カビ、ウイルス等の微生物の分析等を行うのみで、人の健康に関する事象を研究の対象としない研究。
・海外で実施された研究(研究対象が日本のものは除く)。ただし、実施国の規定の遵守は必要。
⚫ カテゴリーB1:倫理審査が必要
既存試料・情報を用いる観察研究
・研究目的で新たに情報のみを取得する観察研究であって、侵襲を伴わない研究(ヒトを対象としたアンケート調査も含む)。
⚫ カテゴリーB2:倫理審査が必要
新たに試料・情報を取得して行う観察研究
・研究目的で新たに情報を取得する際に侵襲(軽微なものも含む)を伴う観察研究。
・研究目的で新たに情報に加えて試料を取得する観察研究(ヒトを対象したアンケート調査も含む)。
⚫ カテゴリーC:倫理審査が必要
・介入や侵襲(軽微な侵襲を除く)を伴う臨床研究や症例報告(心的外傷を伴うアンケート調査も含まれる)。
・ヒトゲノム・遺伝子解析研究を伴う臨床研究あるいは症例報告。
⚫ カテゴリーD1:倫理審査が必要
特定臨床研究以外の医薬品・医療機器等の有効性・安全性の評価を目的とする臨床研究
⚫ カテゴリーD2:倫理審査が必要
特定臨床研究に該当する研究
・未承認または適応外の医薬品・医療機器等を使用。
・企業からの資金提供を受けている。
⚫ カテゴリーE:倫理審査は不要
・「再生医療等安全性確保法」、あるいは「遺伝子治療等臨床研究に関する指針」の遵守装務の対象となる研究(ヒトES細胞、iPS細胞、幹細胞を用いた再生医療やヒトの遺伝子治療に関する研究)。
・ヒトを対象としない、動物実験や遺伝子組み換え実験などの研究(倫理審査は対象外だが動物実験や遺伝子組み換え実験については各施設での適切な対応が必要)。
・医療行政や体制、医療倫理、医療安全、医学教育、システムなどに関する研究。
◆参考
・ヘルシンキ宣言(日本医師会訳)
https://www.med.or.jp/dl-med/wma/202410kaitei_helsinki_j.pdf
・人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(生命・医学系指針)
https://www.mhlw.go.jp/content/001077424.pdf
・遺伝子治療等臨床研究に関する指針
https://www.mhlw.go.jp/content/001077219.pdf
・再生医療等の安全性の確保等に関する法律(再生医療等安全性確保法)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/saisei_iryou/index.html
・臨床研究法
https://laws.e-gov.go.jp/law/429AC0000000016
・個人情報保護法
https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057/
・医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)
https://laws.e-gov.go.jp/law/335AC0000000145
令和7年6月13日
一般社団法人 日本栄養治療学会